bjbounceの日記

鉄道、野球、競馬、ネコが好き

土日の過ごし方

ブログ更新が滞ってしまいました・・・・

特筆するネタもなく(探さなきゃ)、何かないかと思っているうちに、

時間だけが過ぎていくという悪循環でした。

申し訳ないです。

 

今回は、お友達からリクエストをいただきまして、

休みの日の過ごし方を書こうと思います。

といっても・・・それほど特別なことはありません。

ただ、独りでいるときと、家族がいるときの違いはあります。

 

カミさんのお母さんが、春に足を怪我して、そのリハビリや、

家事を手伝うために、週末や連休になると、息子を連れて実家に戻ります。

もちろん、こちらで用事があったり、息子の学校行事などによって、

戻らずに週末も一緒ということもあります。

 

家族が一緒の時の土日の過ごし方は、

★午前中にカミさんとお買い物&地元神社にお参り(土曜日)

★お昼ご飯作り(じゃんけんで作り手を決めることが多い)

★午後はそれぞれの用事を済ませる(持ち帰った仕事、家事、ご近所の集まり等)

★夕方は大好きな海外サスペンスがあるので、カミさんとコーヒーなどを飲みながら見る

★夜にかけて、夕飯作り(だいたい一緒に作る)

★夕食は家族みんなで食べながら、息子の学校のこと、普段のことなど、

 息子の情報をカミさんと二人で聞く。

★夕食後、後片付け、お風呂、息子の勉強などを見たあと、

 カミさんと、夕食時に聞いた息子の話についていろいろと話し、情報共有する。

★寝るまではそれぞれ自由に過ごし、おやすみなさい・・・

という感じでしょうか。

日中は息子は遊びに出かけているか、雨の時は部屋でゲームやっているか、

たまに自転車で走ったり、公園で身体を動かしたり。

ちょっと体が弱い体質なので、日曜日の朝は、カミさんがテニス教室に連れて行くこともあります。

 

 

では独りの時は、どう過ごしているかというと・・・

ゆっくり朝寝坊するかというと、そうはいかなくて、カミさんからいろいろとメールが飛んできます。

洗濯しておいて、掃除お願い、これとこれを買っておいて、などなど・・・

それらをこなし、買い物しながらいろいろと自分のものも買い、

ようやく午後になると、自分の時間になります。

 

最近は、某YouTubeチャンネルのライブ配信に、チャットで参加したり、

テレビでサスペンスを見たり、気まぐれに手の込んだ料理をしてみたり。

 

競馬場へ行くとなれば、朝から仲間と合流して、夕方まで競馬場で過ごし、

鉄道の写真を撮りに行くとなれば、立てた予定に従って外出します。

私の母親はバスで10分くらいのところに住んでいますので、

様子を見に行くついでに、いろいろ買い物をして届けたり、母の用事を済ませたり・・・

 

日曜日は、だいたい家で過ごしてます。

まあ、翌日からの仕事に備えて、身体を休めるという意味もありますが、

カミさんと息子が帰って来るまでに、夕飯の支度をしておいたり、

場合によっては最寄り駅まで迎えに行ったりします。

 

これが私の土日の過ごし方ですが、いかがでしたか?

 

ここに「平日の休日」や、「有給休暇の平日」となると、

また行動は変わってきたりしますけどね・・・

 

リクエストいただいた期待に、応えられたでしょうか?

 

次回以降は、これもいただいたリクエストにお応えして、

これまでの旅の中から、印象に残っているもの、思い出に残っているものを、

写真等を織り交ぜながら、数回に分けて書いていこうと思います。

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

初体験の、コインランドリー

皆々様、当ブログをご覧いただき、

ありがとうございます。

 

さて、我が家で使っていた洗濯機、ちょっと前から動きが怪しかったのですが、

いよいよ我が家の意に反して、その機能を停止いたしました。

使用開始から約11年・・・よく頑張ってくれました。

何を隠そう、ウチの洗濯機はいまだに二層式でしてね。

まあ、それにはいろいろ理由があるのですが、

それは11年前の東日本大震災も少なからず関係しています。

 

カミさんと相談の結果、いろいろ探して中古ではありますが、

状態の良い、年式も最近の全自動洗濯機を見つけまして、購入。

しかし届くのは週明けなので、週末の洗濯をどうするかということになりました。

カミさんは息子を連れて実家に行くので、最低限の洗濯物を持っていきましたが、

お留守番の旦那様(つまり、私ですが)は、近所のコインランドリーに行くことになりました。

 

じつは、コインランドリーって初体験。

仕事で使った作業着、下着、Tシャツなどをネットに入れて、

KISSのJAPAN TOURの時に知り合いが買ってきてくれたトートバッグに入れて、

近所のコインランドリーに行きました。

 

洗濯機と乾燥機が、3台ほど稼働していましたが人影はなく、

説明書きに従って操作して、お金を入れて、スタートボタンを押して、

後は待つだけ、という流れ。

持参したモモコ・グミカンパニーさんの本を読み、

自販機で買ったコーヒーを飲みながら待つこと、約30分。

脱水された洗濯物をまたバッグにしまって、帰宅しました。

 

先に稼働していた洗濯機はすでに終わっていましたが、他の方は時間を見計らって取りに来るのでしょうね。

店内の注意書きには「なるだけ早めに取りに来てください」と書かれていました。

 

初めてなので、少し不安というか、ちゃんとやれるかな?と思いましたが、

誰もいなかったこともあり、あっさりと終わってしまいました。

もうこれで、コインランドリーも不安なし!!!(笑)

 

ちなみにこのコインランドリーの店名は、

「洗っていいとも」でした。

オーナーは絶対、絶対に、もろ昭和世代でしょう。

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 

(過去の記事) 父と子と、ダービーと

(この記事は、2021年の日本ダービー後に書いたものですが、
競馬仲間から、とてもいい記事だった、と言われたので、復活再掲します)
 
2021年の日本ダービーは、22歳の横山武史騎手のエフフォーリアが圧倒的人気。
文句のない騎乗で、勝ったかと思ったが、
道中でやや不利のあった福永祐一騎手のシャフリヤールがハナ差だけ差し切り、優勝。
福永祐一騎手は史上3人目のダービー連覇を果たした。
 
敗れたエフフォーリアの横山武史騎手は、
名手として知られる横山典弘騎手の三男で、22歳。
今から31年前、1番人気のメジロライアンでダービーに挑んだ父・横山典弘騎手も、当時22歳だった。
結果は、アイネスフウジンの逃げ切りを捕まえられず、2着。
父の22歳の無念を乗り越えることは、できなかった。
 
「ライアンがいちばん強い」
当時の横山典弘騎手は、強気にそう言っていた。
しかしメジロライアンは大きなレースを勝てず、
周りからは、また言ってるよ、という目で見られていた。
 
「今日負けたら、俺は二度と、ライアンがいちばん強いとは言わない」
そう言って挑んだ宝塚記念
同じメジロの最強馬、メジロマックイーンを破り、
メジロライアンに初のG1タイトルを摑ませた。
 
その父が初めて日本ダービーを勝ったのは、
デビューから24年目、15回目の挑戦でのこと。
名手と呼ばれる騎手でも、それだけの時間がかかったのだ。
そして、31年前のあの悔しい敗戦があったからこそ、
今の「騎手・横山典弘」があるのだ。
 
2021年・日本ダービーには、
横山武史騎手だけではなく、横山典弘騎手も騎乗していた。
レース後の検量室、横山典弘騎手は武豊騎手と並んで顔を洗いながら、
「やっぱり厳しいな」
と話しかけていた。
自分の事ではない。 息子のことだ。
武豊騎手は、顔を拭きながら頷いていたという。
 
その後、レースのリプレイを見つめる武史騎手の肩に、
典弘騎手が手を置いて、一緒に画面を見上げていた。
 
父は息子に、31年前の自らを重ねただろうか。
父は息子に、31年前の自らを語ったのだろうか。
 
 
ダービーを勝ったシャフリヤールの藤原調教師は、
横山武史騎手を、こう表現した。
「将来トップになる若武者」
 
その遠くない将来に、
今年の日本ダービーは、間違いなく活きるだろう。

夏のお参り

お盆休みが終わったようですが、私は皆さんと入れ替わりで休みに入りました。

まあ、ウチは休み期間中でも縮小で出勤していますので、

そこに2日間、出勤してましたがね。

 

休みに入った初日の8月17日、父親のお参りに行きました。

今年は迎え火を焚こうとしていた土曜日に、関東に台風が上陸しまして、

迎え火を焚いてあげることができませんでした。

しかもお盆中はお仕事でしたので、明けてからのお参りになりました。

 

小雨がパラつくなか、霊園の最寄り駅に到着。

JR南武線津田山駅です。 出入り口も新しくなりました。

 

隣接する小学校に、地元川崎市のスポーツチームを応援する横断幕が飾ってありましたが・・・

おや、我がレッドロケッツの応援幕が・・・(涙)

 

駅前のスーパーで、お花などを買い求めました。

イオン系のマックスバリュ

母の実家あたりに行くと、巨大な店舗にいくつものお店(クリーニング店や、ホビー系ショップ、電化製品店などなど)が併設されていて、しかもこれまた巨大な駐車場があり、「○○ショッピングセンター」と名乗っていたりします。

 

駅から霊園(霊堂)までは長い上り坂になっていまして、いい運動だと思いながら歩きまして・・・

こちらが霊園の全体図。

現在地は左下、目的地は真ん中上にある「45」の敷地あたり・・・遠い。

 

ずっと上りというわけではなく、噴水広場が頂点になります。

右手に売店らしきものがありますが、これは市が運営している売店でして、

お盆だとか、お彼岸だとか、桜の季節だとか、そういう時期にだけ営業しています。

桜の季節・・・そう、ここ「緑ヶ丘霊園」は、川崎市でも有名な桜の名所でして、

下の写真の両側は、駅を降りてからずーっと、桜並木なのです。

もちろんお花見の名所にもなっていまして、上り坂から噴水広場まで、桜の季節になると様々な出店が並びます。

ご先祖さまや、家族が眠る場所で、一緒にお花見をする・・・いい光景です。

気兼ねなくお花見ができるようになってほしい。

 

噴水広場から400mほど歩くと、霊堂に到着します。

父の遺骨はここに保管されていまして、ここにお参りに来ます。

前日までがお盆期間だったこともあり、市の職員の方が供えられた花や、お線香の灰などのお掃除に来ていました。

 

私以外にも数人の方がお参りにいらっしゃっていて、

職員の方に挨拶をしながら、お参りをしました。

お花を水槽に入れて、持参したお酒を置き、お数珠を手に父親に簡単に近況報告します。

父はお酒が好きでした。

存命中の最晩年、病を患ったこともあり、医者からお酒は止められていました。

本人以外には余命宣告もされていまして、亡くなった後、母が、

「こうなるとわかっていたのだから、せめて好きなお酒を飲ませてあげたかった」

と言っていたので、私も父の遺影の前にお酒を欠かしたことはありません。

この日、供えたお酒も、もちろん持ち帰り、遺影の前に供えました。

 

本当は霊堂近くの屋根付きの休憩スペースで一休みしようとしましたが、

飲み物を持参するのを忘れまして、フェイシャルシートで顔を拭き拭きしただけで駅へと戻りました。

 

小高い山の上なので、

このように景色は、見晴らしはいいのですよ。

 

今度は、桜の季節に来たいな。

出店で、クレープ買いたい・・・なんてね。

 

皆様、ここまでご覧いただき、ありがとうございました。

 

 

 

星になった若い騎手と、後輩騎手を想う

いつか、現地・ニュージーランドの馬で日本へ遠征してきて、

その騎乗する姿を見られる日が来るのを、楽しみにしていたのに・・・

胸が張り裂けそうな思いです。

 

 

騎手という職業が、命がけであること、ケガや死と隣り合わせであることは、よくわかっている。

わかっているし、覚悟もしているけど・・・やっぱり辛いです。

 

柳田騎手、異国の地で騎手を目指すことは、相当な苦労と試練があったでしょう。

それを乗り越えて、夢をかなえ、さらなる高みを目指していた道のりでの出来事・・・

 

ご家族、関係者、後輩の熊谷騎手の心中を思うと、

その気持ちは、言葉に表せません。

 

後輩として、バトンを受け継ぎ、重い十字架を背負うことになった熊谷騎手。

でも、その十字架はあなた一人に背わせたりしない。

柳田騎手に夢を託した私たちも、一緒に背負っていきます。

だから、熊谷騎手、あなたは受け継いだバトンを落とさないように、

夢に向かって走り続けてください。

遠い日本から、見守り続けます。

 

皆様、異国の地で星になった、柳田騎手を、

その夢をつないでいく、熊谷騎手を、

どうか、忘れないでください。

8月6日

8月6日

広島、原爆の日です。
投下から77年が経ちました。

半世紀以上が経過しても、
この世から核の脅威は消え去ることはなく、
あろうことか、戦争状態の地域があります。

そのことの意味を、
我々は、世界は、
もっと深刻に受け止めなければなりません。

争いからは、何も生まれない。
争いは、争いを生むだけ。
決して、他人事ではありません。


8月は、祈りの月です。